私のタイミー生活

「やりたいことがないのは、一つの資質だと思う」 文筆家・絶対に終電を逃さない女さんが語る“手札からつくるキャリア”

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「やりたいことがないのは、一つの資質だと思う」 文筆家・絶対に終電を逃さない女さんが語る“手札からつくるキャリア”

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1日に10時間の睡眠に、4食の食事。ジョギングと卓球を欠かさず、カロリーを計算した自炊を続ける。これが、文筆家“絶対に終電を逃さない女”さん(https://x.com/YPFiGtH)の日常です。

エッセイ集『シティガール未満』(柏書房)、『虚弱に生きる』(扶桑社)などを上梓し、今はエッセイ・小説・短歌と幅広く執筆活動を行う彼女は、まず生活と健康を確保し、そこで残った時間と体力を仕事に充てる。少しでも無理をすれば体調を崩してしまう彼女の身体は、そういう順番で1日を組み立てないと、日常を維持することが難しいのだそうです。

そんな彼女が、文筆家という仕事にたどり着くまでを聞いてみると、語られたのは「熱狂的にやりたいことがある人間ではない」という話。学生時代に始めたアルバイトはどれも続かず、書く仕事も、強い野心から選んだものではありませんでした。それは限られた体力のなかで、手元にある札を確かめ、キャリアを形作ってきた証なのかもしれません。では、そんな軌跡を辿る絶対に終電を逃さない女さんは、なにを考え、人生を生きるのか。その過程と意思について、話を伺いました。

「私の精一杯の元気が、通用しないんだ」と知った大学時代

── 絶対に終電を逃さない女さんは、学生時代から文筆に携わっていらっしゃいましたよね。書く仕事を始める前は、なにかアルバイトを経験したこともあったのでしょうか? 

はい、大学時代にいろいろやりました。バーの店員、大学の心理学研究室で実験の被験者をする仕事、派遣で工場のライン作業……カードゲームのカードを仕分ける仕事や、覆面調査員もやりました。

最初に携わったのが、心理学実験の被験者の単発アルバイトです。暗い部屋に一人で座り、夜空の星座のような地味な映像を見ながらボタンを押すという、ただそれだけの仕事なんですが、退屈感もあり、途中で寝てしまったんです。実験はそこで打ち切られ、本来の謝礼の3分の1ほどを渡されて帰されました。

本来の謝礼の3分の1ほどを渡されて帰されました。

その経験から、「じっとしていると寝てしまうな」と思って、次はバーで働きました。自分なりに精一杯元気にやっていたつもりだったのですが、「いらっしゃいませ」というあいさつに「もっと元気に」と言われて。「ああ、私の精一杯の元気は通用しないんだ」と痛感して辞めました。接客は無理だと思って次は工場へ移りましたが、今度は単純作業が辛い。そういう感じで、いろいろと試行錯誤していましたね。

── 仕事内容や働き方などの観点で、フィットする仕事探しに苦戦されていた、という状況なのでしょうか。

そうですね。接客はもう無理でしたし、チームでなにかをするのも、毎回同じ人と顔を突き合わせて知り合いのようになるのも苦手で。苦手なことを避けて、避けて、避けて。でも、なにをやっても必ずどこかに苦手な部分があって。苦労しましたしね。

── そのなかで唯一、2年近く続いたのがライターのアルバイトだったと伺いました。どのようなきっかけで始めた仕事だったのでしょうか?

大学2年生の頃、サークルの先輩が、自分のバイト先でライターの学生アルバイトを募集していると、グループLINEに流していて。どのアルバイトもダメだった後だったので、ライターなら私にもできるんじゃないかと、軽い気持ちで手を挙げたんです。それで、面接に行って、働き始めて……といった経緯でした。

── それまでのアルバイトはあまり続かなかったけれど、ライターの仕事なら「できるんじゃないか」と思えた。書くことには、それなりの手応えがあったんですね。

小学生の頃から、作文や宿題の日記を書くのが好きでしたし、書いたものを先生に褒められることもあったので、自分にとっては比較的得意なことだという認識があったんですよね。それゆえに、「文章を書く仕事っていいな」という気持ちも、漠然とはありました。

ただ、本気で叶えたい夢というほどのものではなかったので、「書くことを将来の仕事にしよう」とまでは考えていませんでした。

「書くことを将来の仕事にしよう」とまでは考えていませんでした。

── その会社では、どんな記事を書いていたんですか?

スマホアプリのレビュー記事です。実際に使ってみて、どういうアプリなのか解説や感想を書く、というウェブ記事を執筆していました。

文章を書くこと自体は好きなので、仕事の内容は苦痛ではありませんでした。ただ、オフィスに出社して、周りに人がいる状態で働くのは苦手で。それでも2年近く続いたのは、とてもホワイトな会社だったからだと思います。私は仕事もかなり遅かったのですが、そのことで何かを言われることもなく、ギリギリ居場所を与えてもらっていました。

でも、大学3年生の終わり頃に不眠症になって、そこから心身ともにさまざまな不調が出はじめたんです。そのタイミングで、ライターのアルバイトも辞めました。卒業前後から、大学の知り合いのつてで、フリーランスとして仕事をもらうようになりました。数としては少なかったですが、体力的にそれ以上働く余裕がなかったので、以降アルバイトはしていません。

自分を見つけてもらうための、受け身なりの営業術

── フリーランスとして書く仕事をされるなかで、自分から営業をして仕事を取りにいく、というタイプではなかったそうですね。

そうですね。本来は自分から声をかけて仕事を取っていくものだと思うのですが、無理に営業はしませんでした。エッセイの依頼をいただくようになったのも、noteで個人的に書いていたエッセイを読んだ編集者の方が、声をかけてくださったのがきっかけで。それまでは本名でさまざまな記事を執筆していましたが、その頃から、今の名義でエッセイを書くようになりました。

当時のわたしのフォロワーはTwitter(現X)で5,000人ぐらい、noteは1,000人もいなかったと思うので、見つけていただけたのは幸運だったとしか言いようがありません。

ただ、誰かに「見つけてもらうため」に小さく意識していたことはありました。

小さく意識していたことはありました。

── 営業はしなかったけれど、待っていただけでもない。なにをされていたのでしょうか?

好きなものや、仕事として関わりを持ちたいものについて、SNSで発信することですね。

たとえば『GINZA』というファッション誌のウェブ版の編集の方から、声をかけていただいたことがあって。『GINZA』はもともとよく読んでいて、ウェブ版で気に入った記事をTwitterでシェアしていたので、それを編集部の方が見つけてくれたんじゃないかと思っています。

もちろん大前提として、本当に気に入ったものを共有しているのですが、あわよくばそこから見つけてもらえないかな、という狙いもありました。

書いてみたいメディアについて褒めたり、気に入った記事をシェアしたり。編集部も結構エゴサーチをしているので、それが目に入る可能性はあるかなと思うんです。それを受け身なりの営業という意識でやっていました。

── 「好きなものを好き」と言っているだけのように見えて、それが仕事の入り口になっている。SNSの使い方がとてもうまいですね。

いやいや、ある意味普通のことだとは思いますよ。好きなものを好きと言っているだけではあって、ただ、そこに下心も多少はある、という話で。ただし、やっぱり下心を起点にしてしまうと見透かされてしまったり、せっかく発信している「好き」への信憑性も薄まると思うので、本当に心の底から好きなものについてだけシェアするという決まりごとはつくっていました。

── 新しい仕事の入り口は、そうやってつくってきたわけですよね。一方で、仕事を継続的にいただくために意識していることはありますか? 

継続的にご依頼をいただくことよりも、自分が納得できるものを書くということは譲らないようにしています。その結果は何であろうと受け入れよう、と思っていて。

もちろん、また仕事をいただきたい気持ちはありますし、納得できる範囲でなるべく次につながるように、という努力は両立させているつもりです。納得できるものを書いたうえでダメだったなら、まだ受け入れられる。媚を売って納得できないものを書いたのにダメだったら、辛いじゃないですか。

ただ、納得できるところまで書き切るには、体力がいるんですけど。

限界に挑戦しないと、体力が伸びたかどうかわからない

── その体力の話を伺わせてください。『虚弱に生きる』を出されてから、依頼はかなり増えたと聞いています。仕事を請けるうえで意識していることはありますか?

ありがたいことに、以前の何倍もの依頼をいただくようになって、今はそれを8割くらいお請けしています。できる限りスケジュールを調整してはいるのですが、とはいえ今までよりも働く時間を増やさないといけない日も多いので、「これは体調を崩すんじゃないか」というラインを超えてしまうこともあって。

自分の体力的な限界を引き伸ばすことができないだろうかと、食事や運動などの健康へのアプローチを実験しながら生きています。ただ、その結果としてキャパシティが広がったかどうかを確かめる方法は、実際に限界に挑戦するしかない。仕事をこれまで以上に詰め込んでみて、「ここまでなら頑張れるな」「これ以上頑張るとガタがくるんだな」という線引きを確かめながら働いています。

「これ以上頑張るとガタがくるんだな」という線引きを確かめながら働いています。

── それは、体調を崩すことが、実験の結果を確かめる唯一の方法になっているともいえますよね。普通なら避けたいはずのことを、あえて取りにいっている、と。

そうですね。これまでは、体調を崩すリスクをなるべく取りたくないと思ってきました。私にとって、体調を崩すリスクは、そのまま仕事を失うリスクなので。

一般的な会社員なら、体調を崩してある程度休んでも職場を失うことはありません。でもフリーランスで、確立された地位もなく収入も低い状態だと、一度仕事を飛ばしただけで、そこから依頼が来なくなることも十分あり得る。それでも、「仕事を失うことを怖がっていたら楽しくないな」と最近思ったんです。

── 楽しくない、というと?

体調を崩すリスクって、いわば不確定な未来の話じゃないですか。だから、今ではなく常にその先のことを考えて生きることになる。たとえば、今日食べるもの、行きたい場所、会いたい人……そのすべてについて、「これは体調を崩す原因になるんじゃないか」と考えてしまうんですよね。

でも、それを続けてきたことで「今を生きている」という実感が全然なくなってしまって。それは心にとって、すごく不健康なことなんじゃないかと思うようになりました。

── たしかに、ずっと不安を抱えながら生きていくということですものね。ご自身のなかで、特にそれを体感するエピソードがあったのでしょうか。

今年とあるイベントの仕事で大阪に行ったんです。せっかくだから1泊して観光しようと思ったのですが、いざ行ってみたら、旅先でも健康のことばかり考えている自分がいて。せっかく大阪に来ているのに、いつも通り筋トレをして、早く寝なきゃ、と思っている。

そんな自分に対して、ふと「健康に支配された果てしない日常から、私は逃れることができないんだ」と思ったんですよね。

── 『虚弱に生きる』の時点では、身体のほうから変えようとしていた。今は、心の健康についても思考を深める時期に差しかかっているのですね。

そうですね。これまでは4年ほど、身体のほうから変えようとして過ごしてきましたが、やり尽くした感覚もありましたし、飽きてしまった部分もある。なので、次は心の面から考える健康へのアプローチにもトライしてみようと思ったんです。その一つが、体調を崩すリスクを避けすぎず、「やりたい」「食べたい」「行きたい」という素直な心の声に耳を傾けることでした。

やりたいことがないのは、一つの資質だと思う

── ここまで伺っていると、絶対に終電を逃さない女さんは「これになるぞ」と決めて進んだというより、その都度自分に合う道を選んでこられたように見えます。今の世の中には「絶対に頑張っていこうぜ」という熱いモチベーションが溢れていて、それがしんどい人もいる。そのなかで、絶対に終電を逃さない女さんが大事にしていることはありますか? 

最近は、「やりたいことがあったら大事にしよう」と思っています。

というのも、もともと私は欲求があまりないタイプなんです。なにかをしたい、これが欲しい、という気持ちが薄い。ただ、それは生まれつきそうなのではなくて、抑え込んでいるだけなんじゃないかと思うようになって。

── 抑え込んでいる、というのは?

子どもの頃、場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)という、特定の場面で声が出せなくなる症状を抱えていたことがあるんです。学校では喋れませんでしたし、家でもあまり喋らない、おとなしい子どもでした。自分がなにをしたいのかを人に伝える機会がないまま、いろいろなことを我慢し続けていた。その結果、欲求そのものが、無意識のうちに引っ込むようになってしまったんじゃないか、と。

だから最近は、なにかを食べたいとか、どこかに行きたいとか、ちょっとでも思ったことがあれば、拾いに行くようにしています。

ちょっとでも思ったことがあれば、拾いに行くようにしています。

── 今、「夢がない」「やりたいことがない」と感じている人から相談を受けたら、絶対に終電を逃さない女さんはどうこたえますか?

私が話したような小さい欲の話ではなく、仕事や自己実現の文脈で「やりたいことがない」「夢がない」というのは、本来当たり前なんじゃないかと思っています。今が「やりたいことを探そう」という時代だというだけで。

というのも、私はおばあちゃんに昔の話を聞くのが好きなのですが、以前「学生の頃、やりたいことや夢はあった?」と聞いてみたら、「なかった」と。「高校を出たら腰掛け程度に働いて、いずれ結婚するものだと思っていたから、なにをやりたいということも考えなかった」と言うんです。そういう時代だったんですよね。

だから、やりたいことが自然に見つかる人って、ある意味それ自体が才能だと思うんです。なるべくやったらいい。一方で、見つからないというのも、それはそれで幸運だと思っていて。選択肢がその分だけ、多いということなので。

やりたいことがある人にとっては、それがうまくいかないのって辛いことじゃないですか。でも、最初からやりたいことが少ないなら、うまくいかなくても、他のことにも目を向けられる。どちらが良い悪いではなく、やりたいことがないというのを一つの資質として捉えたらいいんじゃないかな、と思います。

── 「探しなさい」ではなく、「そのままでいい」と。

やりたいことはなくても、やりたくないことはあると思うので。そういう「やりたくないこと」を理解しながら選択していけば、生きにくさは少なくなるのではないかと思っています。

── そんな絶対に終電を逃さない女さんご自身は、今やりたいことはあるのでしょうか?

ささやかな話ですが、猫を飼ってみたいです。とっても猫が好きなので。あとは書き手として、テーマとかを持たない、普通のエッセイが書きたいですね。いわゆる、日常を書いた本というのかな。『シティガール未満』では東京を舞台にするという縛りがありましたが、そういう縛りもテーマもなく、ただ日常をその人の視点で書いた一冊を形にできたらと思っています。私自身読み手として本来そういうエッセイが好きなので。

── 書き手としての夢は、やはり紙媒体。書籍にあるんですね。

自分が生きた痕跡を、後世に残したいんです。場面緘黙症のこともあり人生で一番生きるのが辛かった小学生の頃、「こんなに苦しい思いをして生きても、この気持ちは誰にも伝わらないまま忘れ去られていくんだな。悔しいな」って思って。だから、後世の人にも読んでもらえるものを創りたい。書いた人が誰かということに関係なく、「良い作品」と思われたいですね。

今はそういうエッセイ本がなかなか売れなくて、誰が書いたものなのかにフォーカスが当たりやすい時代。なので、出版のハードルは高いですが、「いつかの夢」としてやんわり持っておきたいと思います。

「いつかの夢」としてやんわり持っておきたいと思います。

(取材・執筆:鈴木詩乃、撮影:田中成美、編集:プレスラボ)

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