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バイトをせずに食っていけるようになりたい。芸能界をはじめ、下積みを必要とするさまざまな職業において、そう思う人は少なくないでしょう。夢を目指してる人たちにとって、アルバイトには「売れたらすぐに辞めるもの」という、ネガティブなイメージがあるかもしれません。
そんななか、「バイトが大好きだった」「もっと働いていたかった」と語るのが、身長181センチ・体重190キロ超の大鶴肥満さんと、大喜利力に定評のある檜原洋平さんのコンビ・ママタルトです。
『M-1グランプリ』では2年連続で準決勝まで駒を進める実力派であり、まさに「バイトをせずに食っていける」状態にある2人。ですが、自身のラジオやYouTubeで、かつてのバイト先への愛着をたびたび語っています。
今回はそんなママタルトのお2人に、アルバイトへの思い入れを余すところなく語ってもらいました。
M-1の賞金1000万円、もう現金で見ちゃってますから
――お2人はこれまでどんなバイトをしてきたのでしょうか?
檜原さん:僕は大学1年から10年間、ずっとピザハットでバイトしてました。大学があった神戸で4年働いて、上京してからもピザハット。ピザハット一筋でした。
きっかけは、一人暮らしを始めたときに、アパートの大家さんから「私の口利きでバイト先を紹介できるわよ」と言われたんです。その人は町内会長で、ピザハットの店長と知り合いだと。いざ行ってみたら店長は「だ、誰ですか?それ?」って困惑してたんですけど、働かせてもらえました。
――そんな波乱のスタートから10年も続いたんですね。
檜原さん:楽しかったですね。大学生が多くて、部活みたいな感じだったんですよ。厨房と配達がチームになって、「みんなで頑張ろう!」みたいな。
クリスマスとお正月が1年で一番忙しいんですけど、この1週間を乗り越えるとバイトのレベルが一気に上がるんです。以前はヒーヒー言ってた忙しさでも「今日は暇でしたね」って、みんなが覚醒する(笑)。それも毎年面白かったですね。
――肥満さんはどんなバイトをされていたんですか?
肥満さん:学生時代に塾講師をしたのが最初で、そこから単発でいろいろやりました。カードゲームの販売促進スタッフをやったときは、おもちゃ屋さんのバトルスペースで対戦したりしましたね。イベント会場に行って1人でモジモジしている子に「一緒に戦おうか」って声をかけたりして。
あとはラブホテルの清掃とか、ゲームのデバッガーとか……。で、今の事務所に入ったころに、新宿西口の金券ショップでバイトを始めて、5年やってました。
なんか面白そうだったのと、あの狭いカウンターに俺がいるのもいいなと思って。歌舞伎町が近いからか、たまに治安の悪いお客さんが来るんですけど、俺が奥からヌッと現れると静かになってましたね。
――圧のすごさが想像できます。
肥満さん:5年も働いていたので、他の金券ショップの価格調査も任されましたよ。主要商品の価格をメモして、店に戻ったらパソコンでデータをまとめて、うちが最安値になるように価格を決める。すると、他の店がそこに合わせてくる。だから最終的に、新宿西口の金券相場は俺がほぼ決めていました。
――金券ショップのバイトが5年続くのは、結構珍しいことなんでしょうか?
肥満さん:あまりないみたいですね。取引額が100万円を超えたりするので、みんなビビって辞めちゃうんですよ。俺はその辺が平気だったんですよね。M-1グランプリの優勝賞金って1000万円ですけど、もう現金で普通に見ちゃってますから。お客さんから渡されて「こんなもんか」って。
バイトの休憩中にライブに出て、またバイトに戻る
――芸人の仕事とアルバイトは、どのように両立されていましたか?
檜原さん:バイトの休憩中によくライブに出ていました。祐天寺のピザハットで働いていたので、15時半に休憩に入って、16時から渋谷の∞ホールのライブに出て、17時にライブが終わったら、17時半にはバイトに戻って。肥満は肥満で、ね。
肥満さん:俺もバイト中抜けして。
——2人ともバイトの休憩中に舞台に立ってたんですか!?
肥満さん:うちは昼休憩が13時からなんですけど、夜のライブのときは昼休憩なしで働いて、夕方に「今からライブがあるんで」って一旦抜けるんです。で、ライブの途中で「ごめんなさい。次の仕事があるんで」って抜けて、すぐバイト先に戻って、レジの締め作業とか全部終えて、鍵を閉めて帰るという。
檜原さん:コロナ前は、お互いなるべく時間を合わせて、休憩中にライブに出たりラジオを録ったりしてましたね。
肥満さん:1回、杉並区の広報番組で銭湯に入る仕事があって。バイトを中抜けしてお風呂に入って、またバイトに戻ったこともありました。顔色が良くなりましたね。
檜原さん:本当に仕事だったのか? と思われてたでしょうね。
——オーディションなど、突発的に予定が入ることもあると思いますが、そういうときはどうやって調整されていたんですか?
肥満さん:バイト先に貢献していたので、多少のわがままは通せるようになってましたね。鉄道の回数券の価格を決めるのに、みんな電卓で苦労して計算していたから、俺がExcelシートを作って一発で数字が出るようにしたりとか。作業効率が上がって、社長にも気に入られました。
——そうやって仕事の面で信頼を得ていたわけですね。
檜原さん:うちはすごくアットホームで。僕のバイト先にハギノさんっていう、すごく優しい、10歳ぐらい年上の方がいて、僕のお笑いをすごく応援してくださったんですよ。いつでも僕とシフトを替われるように、月初めに、僕とかぶらないようにシフトを埋めてくれて。ハギノさんと入れ替わりながら働いていました。
——それはすごくありがたいですね……!
檜原さん:最終的に店長とシフトを替わってましたし、だいぶ融通を利かせてもらって。もうバイト先が大好きで、僕はシフトが入っていない日までバイトに行ってましたから。
台風が来たりすると、ピザハットのホームページに「ただ今待ち時間90分です」とか出るんですね。家でそれを見たら、もう大変な状況が想像できちゃうんです。だから、土砂降りの中お店まで行って、「来ましたよ!」って配達に出たこともありました。
――救世主じゃないですか。でも土砂降りの中でピザを宅配するのも大変ですよね……。
檜原さん:大学生のときに1回だけ、雨の日にマンホールで滑って横転したことがありますね。でも、3輪の屋根付きのバイクだったんで、全力でしがみついたら車体の幅に体がギリギリ収まって、無傷でいけました。
肥満さん:ピザは? ピザは?
檜原さん:あ、帰り道やったから大丈夫。
肥満さん:あぁよかった。
「ブサイク労働者」の言葉で、すべてを悔い改めた
——バイト中に起きた失敗とかはありますか?
肥満さん:金券ショップで働き始めたころは、「早くバイト辞めたい」と思っていたので、接客態度が最悪だったんですよ。あるとき、お客さんを怒らせちゃって、そのあと口コミサイトを見たら「あの接客はありえない」みたいな書き込みがありまして。時間帯的に俺かもなと思いながら最後まで読んだんです。そしたら「本当に許せないです。ちょっと太った男性の方でした」と書いてあったから、もしかしたら俺じゃないかもって思ってる。
檜原さん:違う人でしょうね。
――最初はそんなに接客態度が悪かったのに、どこで気持ちが変わったんでしょうか?
肥満さん:そのころ1日に何本もライブに出てたんですけど、あるとき遠くのライブ会場に行くのが面倒になって、「ここ遠いから断ろう」みたいなことを言ったんです。
そしたらひわちゃんが「芸人を永遠に続けられると思っているからそんなことが言えるんだ」「今年1年でお笑いを辞めると思ったらライブ会場が遠いから断るなんて言わないはずだ」と。
檜原さん:言いましたね。頑張ろうぜって思って。
肥満さん:で、「このまま辞めたらブサイク労働者一直線」って言われたんですよ。働いても特にキャピキャピ楽しいわけでもない、ただ単にその日の労働に追われる、つまらない人生を送るだけになっちゃう……と。
そこで「ハッ」として、なんか全部悔い改めたんですよね。これを楽しめないと何も楽しめないぞって。バイトでも「この店を一番にしたい」という気持ちが強くなって、そこから接客態度も良くなりました。
――檜原さんの言葉に力があったんですね。
肥満さん:影響力が大きいんですよ。バイトを辞めたときもそうでしたね。それまでお互い、全然バイトを辞めるつもりがなかったのに、世間話のなかで急に「もうバイト辞めよう」みたいになったんです。「単独ライブもあるし、芸人の収入だけで生活できる気持ちがなきゃダメだ」と。
ひわちゃんはそんなに覚悟が決まっているんだと思って、金券ショップのバイトを辞めたんですね。で、「辞めたよ」って報告したら、「あっ辞めたんや。……僕はまだもうちょっとピザハットにいたいから」って。
檜原さん:世間話としてそういう話をしてたら大鶴肥満がバイト辞めてきたんですけど、まあ僕はバイト大好きだからねって(笑)。なので、そこから1年くらいピザハットに籍だけ置いてもらいました。
肥満さん:話違うじゃん! 俺だってまだまだ新宿西口の金券相場を決めていたかったよ。
檜原さん:そうそう、そのあと店から「辞めるって聞いたんですけど、1日だけ来てくれませんか?」と頼まれたんですよ。来週のこの日だけどうしても人がいないと。
ここは正直に言おうと思って、大鶴肥満に「ちょっとバイト行っていい?」って聞いたら、「半額くれたらいいよ」と言われて。でももう、バイトに行きたくてたまらなかったんで、半額あげることにして、バイトに行きました。
肥満さん:翌月に「はい」ってお金を渡されて。これなに?って聞いたら「半額です」って。
33歳になった今なら、うまくできるかもしれない。
――今はお2人ともアルバイトを辞められていますが、お話を聞いていると、今でもとても思い入れがあるのだなと感じました。
檜原さん:そうですね。本当に楽しく働かせてもらいました。お客さんからアンケートで褒められるのも嬉しかったですし、仲間から感謝されるのも嬉しかったですね。
たまに他の店舗にヘルプで入るときがあるんですけど、そういうときに「檜原さんがヘルプで来てくれるなんて、え、今日の祐天寺どんだけ余裕あるんですか……!」と言ってもらえたことがあって。あれは嬉しかった。
――エースが来るなんて、みたいな(笑)。他の店舗にまで檜原さんの名が轟いていたんですね。
肥満さん:思い入れもありますけど、心残りもありますね。金券ショップって定期的に棚卸しがあるんです。商品券と金額のズレを全部チェックするんですけど、あるときビール券が7000枚足りないことがわかりまして……。
――7000枚も!?
肥満さん:なんで!? って騒ぎになったんですが、しばらくして原因がわかったんですよ。紙袋にビール券7000枚を入れて売りにきたお客さんがいて。そのときの担当が、何を勘違いしたのか「14000枚」ってカウントしちゃっていたんです。
――なるほど。そこで「幻の7000枚」ができてしまったと。
肥満さん:そのお客さんに電話で事情を話して、余分に払ったお金を返してもらおうとしたんです。でも「いや自分は14000枚持っていった」と言い張って返してくれないんですよ。
こちらも監視カメラの映像を送って説得していたら、最後には「ビール券は確かに7000枚だった。ただ、持っていった紙袋には百貨店のギフトカードも入っていて、それがビール券7000枚分の金額だった。紙袋を確認せずに捨てたそちらのミスでは」と言いだして……。
うわぁ! これ、どうなるんだよ! ってタイミングで……「バイト辞めよう」って言われて辞めちゃったんです。
――そこにつながるんですね(笑)。
肥満さん:今でも結末がわからないままです。
――すごく気になるところですが……。最後に、もし今、新しくアルバイトを始めるとしたら、何をやってみたいですか?
檜原さん:友だち同士で働いてみたいですね。最近みんな体を動かす仕事をしてないんで、それこそスキマ時間にみんなで引っ越しバイトとかをやって、「お疲れさまでした!」って銭湯に行って、一緒にビールを飲みたいです。
肥満さん:33歳になった今の状態で、塾講師をもう一回やってみたいですね。社会経験もいろいろ積んだし、人前でしゃべるのはもう緊張しないだろうし。今なら保護者面談もちゃんとできると思うんですよね。
ただ知識は抜け落ちているかな……。でもこの前、ライブのコーナーで「初めて付き合った人の名前」を書くことになって、1回も付き合ったことないから「書けない! どうしよう!」ってなったんですけど、なんとか何も見ないで「VALUE!」って書けて。
檜原さん:Excelで計算式が間違ってるときに出るやつです。
肥満さん:よかった! まだいけるな、って思いましたね(笑)
(取材・執筆:井上マサキ、撮影:土田凌、編集:プレスラボ)
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