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明るい笑顔とトークでバラエティ番組で存在感を発揮する井上咲楽さん。5月には初のレシピ本『井上咲楽のおまもりごはん』(主婦の友社)を出版するなど、活躍の場を広げています。
2020年には、トレードマークだった太眉を剃ったことで大きな注目を集めた井上さんですが、その決断に至るまでには大きな葛藤もあったそうです。人生の転機となった瞬間のその前後で考えていたこと、また、ブレイクしてから全力で走ってきたいまの景色。そして、これからの「井上咲楽」について、お話を伺いました。
仕事を掴むために努力したいけど、努力の方法がわからずにもがく日々
――井上さんは、16歳のとき「第40回ホリプロタレントスカウトキャラバン」で特別賞を受賞し、デビューされました。そのときのことは覚えていますか?
覚えてます。私は「この人みたいになりたい」とか「こういう方向性で活躍していきたい」みたいな具体的な目標がなにもなかったんですけど、ただ小さい頃から漠然と「テレビに出たい!」とだけ思っていたんですよね。
ただ、当時は謎の自信がありました。別に自分のビジュアルや才能に自信があったわけじゃなくて、「夢は口に出していれば絶対に叶う!」って思い込んでいて。私、中学生のときからkemioさんのファンで、kemioさんがVineというアプリでバズってスターダムに駆け上がっていく姿をずっと見ていたんです。それに影響されて「諦めなければ夢は必ず叶うんだ!」と思うようになりました。
――デビュー直後はまだ栃木県に住んでいたと伺いました。
栃木の高校に通いながら週1で東京に行ってました。といってもそんなにお仕事があったわけじゃなくて、ほとんどが特別賞の副賞の仕事と、あとはバラエティのオーディションです。たくさん受けたのですが、ほとんど落ちました。ホリプロに入ったら仕事がどんどん来ると思ってたのに、そううまくはいきませんでしたね。それでも受け続けて、やっとのことで、『ワイドナショー』と『今夜くらべてみました』と『アウト×デラックス』に受かりました。
――思ってた以上に厳しい世界だったんですね。とはいえ、当時の井上さんといえば太い眉毛がトレードマークで、よくテレビに出ていた印象です。
実際、「眉毛の子」としていろいろな人に覚えてもらっていたと思います。運がよかったんですよね。デビューしてから眉毛のおかげで注目してもらえたので、2年くらいで『おはスタ』や他のバラエティ番組に出られるようになったんです。でも、せっかくチャンスをもらってもなかなか活かすことができなくて……。一度だけ呼ばれても、次に呼んでもらえなかったり。思うように爪痕を残せなくて、「爪痕残さなきゃ!」と焦って空回っちゃうこともありました。
「眉毛の子」として変に知名度があるからこそ、仕事が継続して増えないのが恥ずかしくてたまらなかった。今思うと眉毛で注目されてラッキーだったのに、当時は「これなら知名度0のほうが逆に楽かも」と感じていました。
それでもまだ高校生の頃は週に5日は学校があったので、まだ気持ちに余裕はありました。でも高校を卒業したら本当にスケジュールが空っぽになってしまって。いろいろと焦りました。
仕事を掴むために努力したいけど、努力の方法がわからないんです。歌や演技なら練習して技術を磨くことができるけど、バラエティってどうやって技術を磨けばいいのかわからなくて。とりあえずバラエティ番組をたくさん見て勉強していました。でもその努力が実るかどうかわからないし、不安でしんどかったです。
――「諦めなければ夢は叶う」というマインドは持ち続けていたんですか?
いや、すっかり変わっちゃいました。デビューしてひな壇に座ったとき、周りがとんでもなく面白い人たちばかりで、そのときに心がポキっとへし折れてしまって。それからはどんどん自信がなくなりましたね。
で、自信がなくなると謙虚を通り越して卑屈なオーラが出ちゃうんですよ。たとえばエピソードトークをするときも、「いや、ぜんぜん面白くない話なんですけどね……」って感じで喋って変な空気にしちゃったりとか。
本番中も、ミスをすると「もうこれでこの番組からは呼ばれないな」「でも、他の人はまた呼ばれるんだろうな、いいなぁ」とか考えちゃって……。当時は純粋にその場を楽しむことができませんでしたね。
太眉を剃ったことで、「普通」という言葉が怖くなくなった
――思うように仕事が増えずに辛い中で、タレントのお仕事を辞めようと思ったことはありますか?
想像したことはあります。このまま芸能界を辞めて地元に帰ったら、周りから「ちょっとだけテレビに出てたけど売れなくて戻ってきた子」って言われるんだろうなとか……。堂々と「私はやりきった」と言えるなら、そういう言葉も跳ね返せると思うんです。でも、そのときの私には、悔いが残らないほどやりきったと言えるものがありませんでした。だから、辞めるに辞められない、と。
――辞められないけど、仕事は増えないし、増やし方も分からない。それは苦しかったですね。
バラエティ番組に出ている人って、「元モデル」とか「元アイドル」とか、現役の方もいますけど、軸となる自分の芸があったうえでバラエティをやっている人が多いじゃないですか。でも私は、眉毛が太いというだけでバラエティに出ていた。「タレント(talent)」は「才能」という意味なのに、私にはそれがない、ということが苦しかったです。私には眉毛だけだから、その武器がなくなったら芸能人として終わりだろうなと思っていました。
そんなときに、『今夜くらべてみました』から「眉毛を剃りませんか?」というお話をいただいたんです。迷ったけど、17歳のときに出たことがある番組にもう一度出られる嬉しさと、あんな大きな番組で後藤さんや指原さんにいじってもらえるチャンスなんてないと思って、お受けすることにしたんです。
――チャンスではありつつ、ご自身のアイデンティティともいえるような「武器」を手放すのは、かなり大きな決断だったと思います。
もちろん、不安はありました。でも私にとっては、現状維持のほうがしんどかったんですよね。当時の「ぽつぽつと仕事がある状態」を維持しようと思えば、たぶん数年は続けられたと思うんです。けどそれだと、そのうち生き残れなくなると分かっていたから怖くて。
すでに中途半端に知名度があるからこそ、相当な変化を起こさなきゃ、世間から注目を集めるようなインパクトは起こせない。変化しても、現状維持でも、どっちにしても不安があるんだったら、私は変化するほうに賭けたかったんです。
――実際に、眉毛を剃ってみてどうでしたか?
ありがたいことに注目していただけて、お仕事がたくさん入ってきました。『今夜くらべてみました』でも、眉毛に続いて髪や服を変えるなど、イメージチェンジする企画をやってもらえて。そのおかげで、美容系の雑誌とか、それまでやったことがなかったようなお仕事も増えました。
仕事が増えたことで、いい意味で「失敗しても次があるさ」と思えるようになったし、いろいろ試してみる余裕も生まれて、すごく気持ちが安定しましたね。
――仕事への向き合い方に変化はありましたか?
これまでは「太眉×お団子頭」というビジュアルだったので、それに似合うような、個性的な言動をしなければいけないと思っていて。眉毛を剃る前は、とにかく変わったことを言うように心がけていました。
だけど、眉毛を剃ったことでビジュアルが普通になり、奇抜な発言をする必要がなくなって、発言の内容が変わったなと思います。ネットにはよく「井上咲楽、なんか普通になっちゃったな」とか書かれるんですけど、私は普通になったからこそ、仕事の幅が広がったんです。たぶん太眉の頃は、真面目な番組に呼ばれにくかったと思うんですよ。「眉毛が気になって話が入ってこない!」みたいな(笑)。
――「普通になった」と言われることについて、どう思いますか?
太眉の頃は、普通と言われるのが怖くて、嫌でした。普通って言われるくらいなら悪口言われたほうがマシ、くらいに思っていましたね。
でも眉毛を剃ってからは、普通と言われることで仕事がやりやすくなった。それに、いざ普通になってみたら、意外となんでもなかったというか、怖いことは起こらなかったんですよね。「別にもう普通でいいや」って開き直れるようになったし、キャラとか考えず、自分の好きなものを素直に好きと言えるようになった。そうしたら、「普通だね」って言葉がぜんぜん怖くなくなりました。
――眉毛を剃ったことをきっかけに、荷物を降ろしたというか、自然体になれたんですね。
そうですね。けっこう周りのタレントさんや芸人さんからも「今だから言うけど、太眉時代は必死すぎて心配だったよ」って言われます(笑)。私としては「キャラを作ってる」という意識はなかったんですけど、無意識のうちにかなり作っていたんでしょうね。
好きなことの発信を通して、自分を知ってもらえている
――井上さんはマラソン、昆虫、選挙、ぬか漬けなど、好きなものが多く、それぞれの発信もずっと続けていますよね。
ありがたいことに、好きだと発信しているものはすべてお仕事につながっています。今も好きでいるものは、高校生のときから好きなものばかりですね。正直に言うと、お仕事につなげるために戦略的に手を出してみた趣味もあったんですけど、やっぱり好きじゃないと続かなくて。
――料理についてもよく発信しているのをお見受けします。今年、レシピ本『井上咲楽のおまもりごはん』が出版されましたが、出版の経緯を教えてください。
タレントのぺえさんのYouTubeでごはんを作ったら、ぺえさんが「美味しい!」と喜んで食べてくれて。視聴者の方から「どうやって作るんですか?」っていうコメントがたくさん寄せられたんです。ぺえさんからも「SNSでレシピを発信しなよ!」って背中を押されて、それでインスタに作り方を載せるようになったのが最初のきっかけですね。
それまで、お料理については発信していなかったんです。なんか、料理できるって言ったら「女子力高いアピールすんな」とか批判されそうで怖くて……。でも、ぺえさんの後押しがあってレシピを投稿するようにしたら「料理本を出しませんか?」と声がかかったんです。
――料理本の反響はどうですか?
ありがたいことに、たくさんの反響をいただいています。SNSのフォロワーさんも、6:2くらいで女性が多くなりました。ファンの方の年齢層も上がったし、街を歩いていても「インスタで料理を見てます」と話しかけられる機会が増えましたね。そう考えると、好きなものについて発信していてよかったなと思います。
――今年は、新しくYouTubeを始められましたね。
自分の個人的なことを発信する場所がほしいと思ってたんです。テレビを観てる人からはすごく元気なイメージを持たれてると思うんですけど、本当はそんなにはしゃぐタイプでもない。嘘の自分というわけではないんですけど、やっぱり収録でセットとかに行くと自然と声が大きくなったり、テンションが上がったりするから、普段の自分とは数段ちがう姿なんですよね。だから、素の自分を見せてみたらどうなるのかなと気になって。
YouTubeでは、自分でも撮られてることを意識してないくらい、そのまんまの姿を見せてます(笑)。もともと、何時に寝て何時に起きるとか、人の生活にすごく興味があるんですよね。自分が好きだからこそ、他にも好きな人がいるんじゃないかと思って、自分の生活を見せている感じです。何も起こらないYouTubeっていいなって(笑)。
「変わり続ける」仕事と、「変わらない」暮らし
――お仕事が順調な井上さんですが、今後、理想とする仕事のスタイルはありますか?
仕事の面では、常に変わっていきたいという気持ちがあります。変わらないと自分に飽きちゃうんです。
私の場合、変化したいっていう欲求は焦りから来ているんですよね。自信のなさから解放されたいというか。たとえば100kmマラソンに挑戦する前は、「これを走ったら自分に自信が持てるようになるはず!」と思っていました。だけど走っても結局、自信のなさは払拭されなかった。料理本を出すときも「この本を出せば自信が持てるはず」と思っていたけれどやっぱりダメで……。だから今はもう諦めていて、「いきなり大きく変わることは無理だけど、とりあえず挑戦は続けていこう」みたいな感じです。
――井上さんはストイックにいろいろな仕事に挑戦を続けている反面、すごく「暮らし」を大切にしている印象があります。
そうですね、仕事が忙しくても暮らしを大切にするように心がけていて、自炊をずっと続けています。たぶん、自分で生きている実感がほしいんですよね。もともと実家が山奥にあって手作りの生活をしていたから、自分で何かを作るのが好きなんです。
それに、芸能界は日々違う仕事をするし、変化の大きい業界だから自分も周りもどんどん変わっていくじゃないですか。私自身、変わっていきたいし。だからこそ「変わらない日々」みたいなものを大切にしてバランスを取っているのかなと思います。
――井上さんにとって暮らしは「変わらないもの」なんですね。
そう思います。仕事して帰ってきても、料理をしているうちにだんだんと「日常」に戻っていくというか。料理によってリセットしている意識はないんですけど、自然とリセットになっているんでしょうね。
私、仕事を終えると、「自分の味」が食べたくなるんです。ごはんって別にお店でも食べられるし、場合によっては自炊したほうが高くつくこともあるじゃないですか。それでも自炊するのは、食べたい自分の味があって、それを楽しみに家に帰るから。もちろんお店ほど美味しいわけじゃないけど、そもそもお店の味を目指してるわけじゃなくて、「自分の味」を求めているだけというか。
――自分の味を求めて帰宅するのは、まさに「暮らし」の醍醐味だと思います。暮らしという変わらないものを大切にしつつ、仕事の面では変化を続けていくんですね。
最近、自分を形作っているものを考えるのが面白いなと思うようになったんです。料理本を出して、マラソンもやってるのに、私、こんなものにも興味あるのかって。そういう風に、自分を俯瞰的に見て面白がるのが楽しい。
同じように、テレビで私を知った人が他の一面を見て「えっ、井上咲楽ってこんなこともやってるの!?」って驚いてくれたら嬉しいですね。
だからこれからも、テレビには出続けたいですし、私自身が一番、井上咲楽のことを面白がり続けられたらいいなと思います。
(取材・執筆:吉玉サキ、撮影:土田凌、編集:プレスラボ)
■書籍情報 『井上咲楽のおまもりごはん』 著者:井上咲楽 発行:主婦の友社 価格:1,650円(税込) |
- タイミーラボ編集部
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