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今や、日本の音楽シーンにおいてアイドルグループの存在は欠くことができません。
そんなアイドルグループの多くは、10〜20代前半を中心に構成されており、そこに所属するメンバーの卒業後のセカンドキャリアもさまざまです。
焼肉IWAのオーナーを務める内田眞由美さんも、元アイドル。2007〜2015年の間、アイドルグループ・AKB48に所属していました。2010年にはメンバー51人が参加した「じゃんけん大会」で初代女王に輝き、19枚目のシングル「チャンスの順番」でセンターを担当したという経歴を持っています。
内田さんの卒業当時を振り返ると、今以上にほとんどのメンバーがセカンドキャリアとして芸能界でのタレント活動や、女優活動を選択していたように思います。なぜ、彼女はあえて焼肉屋をオープンし、経営者になったのでしょうか。
また、彼女が創業した焼肉IWAでは、元アイドルや、駆け出しで芸能活動をしている人もアルバイトとして働いています。芸能関係の仕事をする人がダブルワーク・セカンドキャリアとして働くことが多い焼肉IWAでは、安心して働ける環境をどのように作っているのでしょうか。内田さんにお話を聞きました。
「卒業後の方が輝いている」と言われたかった
――焼肉IWAを開こうと思ったのは、なぜなのでしょう?
実家が焼肉屋さんをやっていたので、その影響もあり、私も何かお店をやりたいなとずっと考えていました。それで、両親から学べることが多そうだし、焼肉屋さんをやるのがいいのかなと思ったんです。
――実家を継ぐのではなく、あくまでもご自身のお店を持ちたかった?
はい。自分で会社をやりたいなと思っていました。極論、焼肉屋さんじゃなくて、お花屋さんや何屋さんでもよかったんです。ただ、昔からかっこいい女性に憧れていて、漠然と「社長ってかっこいいな」と憧れていたので、自分もいつか自分の会社やお店を持つ女社長になりたいと思うようになりました。
――なるほど。とはいえ、20歳で借金5000万円を背負ってまでお店を開くと言うのは、簡単に決断できない気がします。
本当ですよね。今だったらできないと思います。正直、20歳の頃は何も考えていなかったというか、ノリと勢いで始めちゃいました。
でも、アイドル時代にちょっとした悔しさがあったので、いろんなことにチャレンジして、結果を出したかったという思いもありましたね。
――悔しさ、というのは?
私、グループで立ち位置が端っこなことが多かったんです。一度センターを飾ったことがあるとはいえ、あまり注目されないし頑張っても評価されないことが多くありました。それが心残りで、“卒業してからも輝いてます”ってアピールをしたいなと思っていたんです。
――悔しさをバネにした起業でもあったんですね。オープンに向けては、まず何から始めたんですか?
物件を探しに不動産屋さんに行きました。ただ、家賃相場が全然わからなくて。一応東京出身なんですけど、実家は八王子のほうなので家賃の高さにびっくりしました(笑)。
山手線沿いといえども、駅によってこんなに家賃が違うのかと。実を言うと、最初は秋葉原にあるAKB48劇場の近くがいいなと思っていたんですけど、家賃がとんでもなく高くて「これはやりくりできなくなりそうだな」と見送っちゃいましたね。
――初めての店舗経営ということで慣れないことばかりだと思いますが、お店のオペレーションや価格設定はどのように決められましたか?
そこは経験者である母に相談しながら、一緒に作っていきました。価格設定も、実際の料理を見て、味と見た目に合った価格かどうかとか、バランスを話し合ったことを覚えています。
それからお店にあるメニュー表も私が作りました。「初めてのイラレ」みたいな本を買って。あえて手作り感を残したデザインにしています。
――なんと、メニュー表は内田さんの手作りだったんですね!
ちなみに、内装も私がかなりこだわった部分です。やっぱり焼肉屋さんって「黒」「煙」みたいなイメージがあったので、海外のカフェのような感じにしたくって。柔らかくてナチュラルな感じで、ブラウン基調でレンガやお花も散りばめています。
――素敵です。そこから、いざお店をオープンしてみての感想を教えてください。
ありがたいことに、オープン当初からたくさんのファンの方が来てくれて、賑わっていましたね。お客さん同士のトラブルなどもまったくなくて、すごく和やかな雰囲気でした。
やっぱり不思議だったのは、お客さんとの距離感ですね。アイドル時代は、ファンの方との時間って握手会だったり、劇場公演だったりと一方的に見られる機会がほとんどでした。だから、握手会の時のようにスタッフさんがいるわけでもないのに、「お客さんとこんなに近い距離感で話していいんだっけ?」と、お店でのコミュニケーションが新鮮でした。
――それは、お客さん側もそう思ってそうですよね。
そうなんです。「この間までアイドルだった子に注文していいのかなって思った」って言われたこともありましたね(笑)。
将来の不安はあれど、現役時代は“目の前のことに集中”していた
――遡る話にはなりますが、現役アイドル時代に「卒業したら何をしよう」と悩んだことはありましたか?
卒業間際は思っていました。10代後半、高校を卒業するタイミングで、周りの子達がどんどん就職したり、学校を卒業していったりしていって。その頃から徐々に卒業について考えるようになりました。
卒業して1人で芸能活動をして生きていくのは難しいだろうなと。でも大学にも行っていないし、勉強もちゃんとしていなかった自分が会社なんてできるのかなという不安もあって。この焼肉屋も「ちゃんとできるかな」と不安でした。
――卒業を決めた理由はなんだったのでしょう?
「アイドルとしての活動はやりきったな。次に行こう」と思ったんです。じゃんけん大会のおかげで16歳のときにセンターに立てたし、コント番組でバラエティーっぽいこともできたし、やり残したことがないなって。
――卒業を意識してからは、次のキャリアに向けて準備されていたのでしょうか?
それが全然。あの頃は日々やることがあって、それをやっていくことでいっぱいいっぱいでした。だから、冷静に将来の計画を立てたり、自分の時間を持つことができていなくって。私以外のメンバーもそうだったと思います。大学に行きながら活動していた子もいれば、大学に行っていたけど、活動が忙しすぎて大学を辞めた子もいましたから。
本当は活動をしながら、勉強すること、将来のことを考えることができたら一番いいのかなとは思うんですけど、当時の私にはそんな余裕はありませんでしたね。今は大学に通いながらアイドル活動をしている子が増えた印象があって、いいなと思います。
――もしも今、現役のアイドルだったら大学に通いながら活動していましたか?
理想はアイドルをやりながら、自分の先のことを考える時間を作ることですが、そんなにうまくできないかなとも思います。そう考えると、私の場合は、アイドルに集中する道を選んでいただろうなと。
――なぜでしょう?
私、めちゃくちゃ負けず嫌いでかなりギラギラしていたんです。「センターになりたい」って、当時センターを務めていた先輩・大島優子さんに伝えていましたし、がむしゃらに練習もしていました。そう考えると勉強する時間があるなら、グループの活動に力を入れたいと思っていたかなと。今、この年齢で大学に行ける機会があったら行きたいですけどね。勉強したいですもん。
元アイドルたちのつかの間の居場所となっている焼肉IWA
――焼肉IWAでは、次第に内田さん以外の元AKB48メンバーの方も働くようになりました。最初に働き始めたのは、野中美郷さん(AKB48 6期生)だったそうですね。
LINEの一言投稿の機能に「暇だ」って書いてるのを見つけて(笑)。「暇なら来なよ」って誘ったんですよね。
――「来なよ」と誘ったのは、人手が足りなかったからとかでしょうか?
いえ、本当に「バイト先、楽しいから一緒に働こうよ」って友達に声かけるのと同じ感覚です。だから、アイドルを集めたかったわけではないんですよね。ただ、中学、高校時代をグループで過ごしていたので、私にとって誰よりも長い時間を過ごしたのがメンバーだったというか。
――後輩も含め、結果的に元AKBメンバーは7人働いていたそうですね。彼女たちが焼肉IWAで働くことを選んだのはなぜだったと思いますか?
グループを卒業したあと、芸能の仕事だけを続けるのは難しい。それで、時間があるからバイトしたいっていう子が結構いたのですが、そのニーズにうまくマッチしたなと思います。うちはシフトの融通も利きますし、舞台に出るからという理由で1か月休むとかもOKな職場ですからね。
それから、私がいるから安心できると言われたこともありますね。メンバーのなかには、ここで働く前におしゃれなハンバーガー屋さんで働いていたことがある子がいたんですけど、芸能人ということもあってあまり上手く馴染めていなくて、強くあたられていたそうなんです。それを聞いた時に「普通の職場で働くと、“アイドル上がりが”って思われちゃうこともあるのか」って気付かされました。
――なるほど。
なので、私的には、うちで働いてくれる子にはまずこの環境に慣れてもらえたらと思っているんです。楽しんでもらうことが一番。うちの店でもアイドルの子たちに関しては、たくさん話したほうがお客様も喜ぶし、アイドルの子達も楽しそうだしという理由で、作業を教えるよりも前に接客をやってもらうようにしています。
――スタッフとして働くメンバーを見て、アイドルのすごさや経験が生きているなと感じることはありますか?
やはり誰かの心の支えになる存在というのはすごいなと思います。その子が存在しているだけで、「明日も頑張ろう」と思えたり、その子が苦しいときは自分も苦しいと思ったり、アイドルって本当に生きる糧なんだなと。
それから、元アイドルのスタッフを見ているとやっぱりおしゃべりが上手だなと感じます。握手会を経験している子が多く一対一のコミュニケーションが得意ですし、ファンが求めていることもわかります。うちのお店、1人で来る方もけっこう多いんですけど、そういう方たちにもぜんぜん抵抗なく、こちらから話題を提供することが自然とできるので、コミュニケーションに困ることはまったくないんです。
――内田さんが一緒に働く皆さんとのコミュニケーションで心がけていることを教えてください。
「上司感」を出したくないなとは思っています。どうしてもオーナーという肩書きがあることでピリッとさせちゃうことはあると思うのですが、私としては友達と働いているような感覚なので、雑談をたくさんしていますね。自分だったら、自分が同じ立場だったら、オーナーである先輩から声をかけてもらって色々教わる方が嬉しいので。
――一方、従業員同士のトラブルや困りごとが出てきた時にはどうされているのでしょうか?
お店の子がトラブルを起こしてしまった場合、2人の時間を設けて、とにかく話を聞いてあげるようにしています。話して、泣いちゃう子もいますけど、きっと自分の気持ちを言葉にして伝えたこと、それを理解してくれる人がいるってだけで人ってすっきりすると思うんですよね。彼女たちのためにもなるだろうし、親身に話を聞くことは大事にしています。
――48グループの後輩でセカンドキャリアを決めかねている人に、声をかけることはありますか?
向こうから「アルバイトしたいです」っていう連絡が来たことはありますけど、自分から声をかけたことは、ほとんどないかもしれないです。私自身、アイドルだったからこそ、アイドルとしてのプライドがあることも分かります。そんな時に自分が声をかけて嫌な気持ちにさせちゃうのは嫌だなって。
――ちなみに焼肉IWAで働いていたものの、そこから新たな道を歩んだ人はいるのでしょうか?
たくさんいます。ここで働いて企業に就職した子、空港のグランドスタッフになった子、お母さんになった子……それから、お客さんとのコミュニケーションを通して「アイドルっていいな」と再びアイドルになった子もいます。
――この場所がある意味、最初のキャリアを終えたあとの止まり木のような場所になっているんですね。そういう方々から焼肉IWAで働いていたことで、こんなことが学べたという意見はありましたか?
お客さんとの距離感が近くお話ができるのがいいと言われました。例えば、芸能活動をしながら働いている子からは、自分がイベントする時に直接お客さんに「こういうイベントあるんですよ、どうですかって手売りできるのがいい」って。オンライン上で告知するよりもぐっと距離が近づくので、イベントに来てくれるお客さんや、お店をきっかけにファンになってくれた人が増えたという声も聞きました。そうやって働いている子たちの力になれてるなら嬉しいですね。
――内田さんとしても、お店で働くメンバーの力になるのが嬉しいと。
はい。もちろん長く働いてくれたら嬉しいですし、お客さんも喜んでくれたりするんですけど、やはり一人ひとりに人生があるので。IWAで働くのは、次のキャリアを見つけるまでの間でいいのかなと。その期間中に、何かを学んで吸収して次に進める場所になればいいなと思っています。
「元アイドルが働く焼肉屋」と言われることには抵抗があった
――お話を聞いていて、アイドルの方にとって卒業後の居場所になっているのだと改めて気付かされました。その一方、もともとは「元アイドルが集まる焼肉屋」というブランディングはされていなかったとのことで、そう言われることに抵抗はありませんでしたか?
実はめちゃくちゃありました。最初はAKB48のファンの方たちが来てくれて、すごく嬉しかったし支えられていました。一方で、メニューや品質にもこだわっているので飲食店として確立したいという気持ちも大きくて。
例えば、ファンではないお客さんが入ってきた時に「あ、なんかこの店、ファンの方が多く自分は場違いだな」と察知して「やっぱいいです」って帰られちゃうことも結構多かったんですよ。それを目の前で見て、悔しいな、でもファンの方が来てくれるのは嬉しいなとすごく葛藤したんです。
――内田さんのなかでも、自分のアイドル人生とその後の人生を分けたかったのでしょうか?
そうですね。アイドルがやってるからとか、アイドルファンが行くから成り立ってるんでしょって言われるのは嫌でした。
実際、何かのオーディションに行ったときに、スタッフの方から「アイドルで売れて、センターもやって、焼き肉屋もやって、それも繁盛しててよかったね」みたいなことを言われたことがあって。そのときに努力してないって思われているみたいで嫌だと感じてしまったんです。私も含め、スタッフみんな頑張ってやっているのに。
――今も「元アイドルが働く焼肉屋」と言われることに対しては抵抗が?
いえ、実は番組で焼肉IWAを取り上げていただいたことがあるのですが、そのときに中居(正広)さんから「やっぱりアイドルは自分を支えてくれたファンを大事にすべきだ」と言われたんです。
その言葉を聞いて「そうだった。今の自分があるのは、ファンの方たちのおかげなんだ」ということを強く実感しました。だからいまは、ファンの方をいままで以上に大切にしようと思っていて、そこで踏ん切りがついた気がします。
とはいえ「元アイドルが働く焼肉屋」というだけで人気なのではなく、ちゃんと味も追求しているということはもっと伝えたいと思っています。味にもこだわっているから、10年、この場所でお店ができているんです。
――シンプルに「焼肉屋」としてのクオリティも追求しているんですね。
「元アイドルが働く焼肉屋」だけだと「味は期待できないな」って思う方もいると思うんです。でも実際行ってみたらおいしかった、と思ってもらいたい。この前「元AKB48の子がお店をやっているんだけど、味もちゃんとおいしいって聞いたよ」と来てくれた方がいたのですが、そういう方がどんどん増えてくれたらいいなと思います。
――最後に今後の展望も教えてください。
実は今、インバウンドの影響もあって、「元アイドルが働く焼肉屋」と知らずに来てくださる観光客の方がとても増えているんです。英語のメニューも用意していますが、よりお客様に満足した接客を行うためにも、語学を習わないといけないなと思っています。メイド喫茶に外国人のお客さんが多いように、インバウンドのお客様にも日本の良さ、日本のエンタメ感を感じられるおもしろみのある場所と感じてもらえたらと思います。
(取材・執筆:於ありさ、撮影:安井信介、編集:プレスラボ、担当:齋藤裕美子)
- タイミーラボ編集部
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