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卒業した大学に5年間勤めたのち、26歳で退職。子どもの頃からの夢だった漫画家を目指して、一歩を踏み出したのがあんじゅ先生です。そのとき、生計を立てるために始めたアルバイトが、秋葉原のコンセプトカフェでした。
コンカフェ勤務では新しい世界からの刺激を受けただけでなく、やりたかった絵の仕事をいくつも受注。お店のメニューやキャストの名刺、看板、4コマ漫画などさまざまなクリエイティブを制作するうちに、自分が本当に描きたいものが見えてきたといいます。
「バイトが夢を支えてくれた」と語るあんじゅ先生に、働きながら夢を引き寄せてきた道のりを聞きました。
夢を追いかけるために、まずは仕事を辞めてみた
――あんじゅ先生はフリーランスになる前、一度就職されているんですよね。
卒業した大学の広報課で、5年間働いていました。学生アルバイトとしてオープンキャンパスのお手伝いをしたとき、職員の方に「大学職員という道もあるよ」と教えてもらったのがきっかけです。
小さい頃から漫画家になりたかったけれど、現実的ではないと諦めていたため、就活では別の会社を受けて内定ももらっていました。でも、学生生活が楽しかったから「やっぱりこのまま大学に残るのもいいかも」と思って、大学の採用試験にエントリー。大学職員は人気が高く採用倍率が200倍を超えることもありますが、幸いご縁があり、入職できました。
――大学の広報課ではどんな仕事をしていたんですか?
高校生向けに大学をPRして、受験者数の増加を目指す入試グループに配属されました。たくさんの高校生にセミナーをして大学の認知を高めていく仕事は面白かったし、ワークライフバランスも整っていましたね。学食は安いし後輩はまだ学内にいるし(笑)、本当に学生時代の延長みたいで居心地がよかったです。
でも……就職して5年が経った頃、ふと「私、ずっと大学にいるな?」って。

――学生時代と合わせて9年、同じ場所に通っているんですもんね。
人生が漫画だとしたら、大学にいるシーンが長すぎやしないかと。そう気づいたら、ここらでもうちょっと冒険してもいいんじゃないか、みたいな気持ちがむくむくと湧いてきました。ずっと大学にいたせいもあってか、仕事を辞めてもなんとかなるだろうって謎の自信もあったんです。だったら、自分がやりたい漫画を一度ちゃんとやってみようと思い、26歳で退職しました。
――大学で働きながら漫画を描くという選択肢もあったはずなのに、思いきりがいいですね……!
小学校の頃からずっと漫画家に憧れていて、大学時代はゼミで発行する新聞に4コマ漫画を描かせてもらって喜んだりしていたくせに、仕事を始めてからはまったく絵を描かなくなっていたんですよね。大学職員ってめちゃくちゃモテるから、合コンしまくったりしていて(笑)。だから、すっぱり辞めないと描かないだろうと思ったんです。
ただ、辞めたからといっていきなり描き始めるわけもなく……今度はスマホゲームをやる日々が続きました。でも、しばらく経ってようやく「あ、働かないとお金って振り込まれないんだ」と気づいた。最初は漫画や絵の仕事なんてもちろんないから、とりあえずバイトしなくちゃいけないなぁと考えました。
コンカフェは知らない世界。ぐっと価値観が広がった
――そうして飛び込んだのが、秋葉原のコンセプトカフェ。どうしてそのバイトを選んだんですか?
知り合いがゲストとして出勤すると聞き、面白そうだから遊びに行ったのがきっかけでした。そうしたら面接と間違われて奥に通され、「いつから来られますか?」って。正社員を辞めて暇だったので「来週からですかね」と答え、気づけばバイトが決まっていました(笑)。

――なりゆきだったんですね(笑)。コンセプトカフェって、どんなバイトなんでしょうか。
秋葉原のコンカフェといえば、有名なのはやっぱりメイドカフェです。でも、メイドは10代後半~20代前半のキャスト(スタッフ)が中心。私が勤めたのはOLのコンカフェだったため、アラサーのキャストが多くいました。
一般的なカフェのホール業務に加え、お客さんとお話しする接客業務がありました。「この方には映画の話をすると盛り上がる」「この方は食べ物の差し入れをたくさん持ってきてくれるから、お昼ごはんは食べずに出勤しよう」とか、お客さんごとに対応は考えていたものの、いろんな方とふんわり楽しい時間が過ごせたらいいな、くらいのテンションで働いていました。
業務よりも面白かったのは、一緒に働く女の子たちとの出会いですね。本当にいろんな子がいて、価値観がぐっと広がりました。
――価値観が広がる、というと?
私は4年制大学の文系学部を出て、そのまま大学で5年間働いて、履歴書的にはかなり堅実な人生を送ってきていました。でも、秋葉原のコンカフェで出会う女の子たちは、グラビアアイドルや女優の卵、コスプレイヤーなど、これまでの人生で関わったことのないタイプの人たちばかり。しかも、夢に向かって一生懸命頑張っている人がとても多かったんです。それまでそんな世界を知らなかったから、とてもインパクトがありました。
お客さんに、推しを応援する文化があったのも大きかったですね。私自身も周りに「漫画や絵を描いて生きていきたい」と打ち明けるにつれ、応援してくれる人が増えていった。バイト仲間から受けた刺激や周りからの励ましは、漫画家を目指し続けるモチベーションになっていました。
さまざまな仕事をしたからこそ、本当にやりたいことがわかった
――バイトをしながら、絵の仕事は増やせましたか?
初めていただいた漫画の依頼は、勤めていたコンカフェのオーナーからでした。お客さんに配る新聞の4コマ漫画です。時給内の業務ではなく原稿料をいただき、キャストの日常を漫画にしました。
それから少しずつ店舗のメニューや名刺、グループ店立ち上げにまつわる印刷物、看板のデザインなどを任せてもらえるようになって。接客だと思って始めたバイトだけど、クリエイティブな作業がこんなにできるんだと驚いたし、やりたいことに近づけている気がしてうれしかったですね。
――あんじゅ先生が、やりたいことを引き寄せていったんでしょうね。
ありがたいことに、そのうちコンカフェ内の仕事だけでなく、外からもちょこちょこ漫画のオファーをいただけるようになっていきました。ただ、40本の漫画を描いてギャラは5万円といったケースもあり、なかなか独立にはたどりつけず……バイトもずっと楽しかったし、しばらくは二足の草鞋でした。
でも、2年くらいして、バイト先のクリエイティブと接客業の両立が忙しくなり、外の仕事やオリジナル作品をつくる暇がなくなってきたんです。それが、バイトを辞めるきっかけになりました。
――いよいよ本格的に絵の仕事を始めるフェーズがきた、と。
最初はお店のメニューでも名刺でも、描いたものを喜んでもらえるだけで本当にうれしかったんです。だけど、いろんなものをつくらせていただくうちに、一番うれしいのは4コマ漫画みたいに自分のアイデアや価値観を評価してもらえることだな、と気づいた。だから、もっと自分が「面白い」と思ったものを世に出して、たくさんの人に喜んでもらいたいと思うようになりました。でもそれは、アルバイトでいろんなものを描かせてもらったからこそ見えてきた自分の軸です。
――アルバイトで過ごした時間が、夢の輪郭をはっきりさせてくれたんですね。
それに、昼間は接客して夜は制作する生活を送っていたから、それなりの貯金もできていたんですよ。だからこそ、そのお金で思いきって漫画に専念できた。バイトを辞めたあとはブログでこつこつ漫画を描き続け、3年目に初の著書となる『お金のこと何もわからないままフリーランスになっちゃいましたが税金で損しない方法を教えてください!』(サンクチュアリ出版)を刊行しました。税理士の大河内薫先生との共著で、税金の仕組みを漫画でわかりやすく伝えたこの本がヒット作となりました。
この制作には、大学職員時代に高校生に向けて情報発信してきたスキルも生きています。難しいことを聞いてもらうには面白く伝えないとだめなんだって、受験生に向けた大学入試説明会の現場で何度も実感してきましたから。
――働いた経験って、何事も無駄にならないものですね。そして、いろんな仕事をしてみるなかで、自分の得意分野や本当にやりたいことが見えてくる……。
本当にそう思います。2025年7月に上梓した『今の働き方、ホントにそれでいいの?』(高橋書店)を描くとき、キャリアコンサルタントの勉強をしたんですね。

それで、スタンフォード大学のクランボルツ教授が提唱する「キャリアの8割は偶然の出来事が決める。その偶然を待つだけでなく、好奇心や柔軟性、楽観性、持続性、冒険心を持って主体的に行動しよう」というキャリア理論を知って。私、この考え方がすごく好きなんです。何かしらアクションを起こして偶然を引き寄せ、強みに変えていく意識が大切なんだなって、改めて思いました。

夢を追いながらバイトをすることは、メリットばかり
――あんじゅ先生にとって、アルバイト時代はどんな期間でしたか?
幸いにもいまは漫画家として食べていけていますが、最初は漫画の仕事だけで稼げるようになるなんて思っていませんでした。それでもここまで来られたのは、アルバイトが一歩踏み出す支えになってくれたから。私にとってアルバイト時代は、夢を叶えるための準備期間だったんだと思います。
大学職員を辞めたときは母に激怒され、友達には笑われ、自分でも人生ミスったかなと悩んだけれど……そのうち「別に何年かバイトでもいいじゃん!」って思うようになりました。数年後にだめだったらまた就職すればいい。それくらいの気持ちでバイトを続けられたのがよかったなと思います。
――でも、夢があるのにバイトなんかしていていいのかな……などと悩む人もいますよね。
いや、夢を追いかけているときこそバイトをするといいですよ!生活にメリハリがついて健康的だし、いろんな人に出会って刺激をもらえるし、お金も稼げていいことづくめ。じゃないと大学職員を辞めたばかりの私みたいに、スマホゲームばかりして過ごしちゃいますから(笑)。
夢を追いかけるのに必要な資金をバイトでまかなう、といった感覚でいいんです。アルバイトなら自由に仕事を選んだり、夢のほうが忙しくなったら出勤を減らしたり、正社員と違って柔軟にやれます。
――最後に、アルバイトをしながら夢を追いかける人や、どうやって夢を追いかけるか悩んでいる人にメッセージをお願いします。
アルバイトは、知らなかった世界やちょっと興味のある世界を気軽にのぞける貴重な機会です。気になる業界につながる基礎を体験する仕事もいいし、関係ない仕事をしてみるのもいい。むやみに焦らず、夢を小脇に抱えてアルバイトをしていると、ひょんなところから夢につながる扉が開くかもしれませんよ。

取材・執筆:菅原さくら
撮影:宮本七生
編集:プレスラボ