私のタイミー生活

自分の可能性や素敵なところは、いつも誰かが教えてくれた。芸人という枠を超えて挑戦する、元尼神インター誠子さんの「自分らしさ」

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自分の可能性や素敵なところは、いつも誰かが教えてくれた。芸人という枠を超えて挑戦する、元尼神インター誠子さんの「自分らしさ」

目次

今までの経験や想いを大切にしながら、これからは枠にとらわれずに「私らしく輝きたい」です——。

2024年3月28日にコンビ解散・吉本退社を発表したお笑いコンビ「尼神インター」の誠子さんは、解散報告でこうコメントしました。テレビでも人気だった「尼神インター」の解散に衝撃を受けた方も多いと思います。

コメントの通り、解散後はSNSで投稿する写真の雰囲気も一変した誠子さん。現在は、フリーのお笑い芸人をしながら、ライフスタイルブランドのプロデュースや、料理を振る舞うイベントなど幅広く活躍されています。

誠子さんが、約17年続いたコンビ生活の解消に至ったきっかけはなんだったのでしょうか。そして、「私らしく輝きたい」というコメントの真意とは。誠子さんの芸人人生を振り返りながら、これからの挑戦や自分らしく輝くためのヒントを伺います。

「尼神インターらしさ」を追求してきたコンビ時代

——今回の取材のテーマは「自分らしさ」です。まずは、お笑い芸人になる前の誠子さんがどんな人だったのか教えてください。

小説が好きで、図書館で読書ばかりしている大人しい子でした。今みたいに人前で喋る仕事をするなんて、自分も周りもまったく思ってなかったです(笑)。

——なにがきっかけで芸人を目指されたんですか?

高校3年生のときに、テレビで『M-1グランプリ』を見たんです。チュートリアルさん、ブラックマヨネーズさん、麒麟さんといったすごいメンバーに魅了されて、「私も芸人としてM-1に出よう」と決めました。

親も同級生も「あの誠子に芸人なんてできるの!?」と驚いていましたが、最終的にはみんな応援してくれて。決まっていた大学への進学も取り消して、吉本NSC(芸人の養成所)に通うことになったんです。

吉本NSC(芸人の養成所)に通うことになったんです。

——まだ女性芸人は少ない時代ですよね。その道に入ることに不安はなかったんでしょうか?

不安はなかったんですけど、腹はくくりましたね。「お笑いに全力で向き合わないと戦えへんぞ」って。だから、当時から興味のあった美容やコスメ、ファッションなどは、一旦すべて横に置いて、お笑いに集中することにしました。 

——元相方の渚さんとの出会いはNSCで?

そうです。渚が「うちと組もうや」って誘ってくれたんです。そのとき私は、中国人の女の子とのコンビでデビューを考えていたので、びっくりしました。

ただ、普段からスカジャンを着て、他のNSC生とは違うオーラをまとっていた渚のことは、正直気になっていたんです。

どうしようかと思っていた矢先、コンビの女の子が突然「帰国するから解散して」って言ってきて(笑)。偶然の部分もあったけれど、結果的に、渚とコンビが組めてめっちゃ嬉しかったです。

——タイミングの良さもあって「尼神インター」が誕生した、と。コンビ時代の「誠子さんらしさ」はどんなものだったんですか?

「尼神インターらしさ」を追求することが、自分らしさだったのかなと思います。尼神インターがより輝くために、自分がどう振る舞い、どんなネタを書くかと常に考えてました。バラエティ番組に出演する際も、ここは渚が前に出たほうがいい、ここは私が前に出る、みたいに。

——「いじられキャラ」として活躍されていたイメージもありますね。

特に最初の頃は、自分で前に出れなかったので、兄さんや先輩たちがいじってくれて目立つことができました。ご時世的にそうしたノリは減りましたが、私にとって“いじり”は愛でしかなくて、兄さんたちには本当に感謝しています。

たぶん「自分らしさ」って、自分だけではつくれなくて、周りの人との関わりのなかで見えてくるものだと思うんです。自分の可能性や素敵なところは、いつも誰かが教えてくれたんやなって思っています。

自分の可能性や素敵なところは、いつも誰かが教えてくれたんやなって思っています。

枠にとらわれず、お互いやりたいことを100%表現するために

——周りに支えられ活躍の場を広げた誠子さんですが、今年に入って解散&吉本退社を発表されましたね。きっかけはなんだったのでしょうか?

昨年末、渚から「解散したい」と相談されたんです。最初は頭を殴られたくらいの衝撃で、びっくりしたし、めっちゃ悲しかったです。でも同時に、相当考えて勇気を出して言ってくれたのもわかりました。コロナ禍をきっかけに色々と考える時間が増えて、やりたいことが見つかったんやろうなって。

一方、私もコロナ禍に苦手だった料理を始めたら、大好きになって。苦手な人でも料理を好きになれるキッチンアイテムのプロデュースや、お笑いと料理を掛け合わせたイベントをやりたいと思っていました。

——すぐに解散を受け入れられたんですか?

そうですね。お互い尼神インターを大事に思っていたからこそ、これまでは個人のことよりもコンビのことを優先してきました。でも、それぞれのやりたいことを100%表現するために、コンビという枠をはずしたほうがいいって思えたんです。

——解散コメントの「私らしく輝きたい」という言葉には、そうした思いが込められていた。 

はい。それまでは「女性芸人」「尼神インター」といった枠の中にいて、それが活力になっていた部分もあったけれど、もっと自由にやりたいとも思っていました。

芸人って、「芸人なのにおしゃれしている」とか揶揄されるじゃないですか。枠にとらわれるのって、なんだか生きづらいと思うんです。

もっとポジティブに、「やりたいことは全部やる」って言える社会のほうが、みんなにとっていいはず。だから私は、お笑いも料理も美容も全部やる。それで、「こういう選択肢もあるんだよ」と伝えられたらと思っていました。

「こういう選択肢もあるんだよ」と伝えられたらと思っていました。

——誠子さんの意思表明でもあり、みんなを応援するメッセージでもあったんですね。

私以外にも、枠にとらわれて葛藤している人はいると思うので、同じ悩みを持つ方の背中を押したいと思っています。実際、あのメッセージを出してから、「思いに共感しました」という連絡をいただく機会が増えたんです。何度も何度も書き直したメッセージでしたが、素直な気持ちを言葉にできてよかったなと思っています。

——枠が外れたいま、どんな自分らしさを大事にしたいと思っていますか?

昔からの人生のテーマですが、「人に優しくする人」でありたいと思っています。収入が高かったり、目標を叶えられたりしても、人に優しくなかったら意味ないやんって思っているんです。

あとは、繰り返しになりますが「枠を超え続けられる人」でいたいです。それもあって、個人の活動でも、退社した吉本とガンガン関わったり、以前のマネージャーさんに色々と相談したりしています。

「お笑いとそれ以外」「吉本とそうじゃない人」といった線を設けず、色々な選択肢をつくれる人でいたいです......って、高尚すぎますかね(笑)。本音で言えば「みんなでやったほうが絶対いいやん。だから、私のこともみんな助けて〜」って気持ちです。

「みんなでやったほうが絶対いいやん。だから、私のこともみんな助けて〜」って気持ちです。

フリーランス1年目。大変だけど「生きている実感」がある

——枠を超えて挑戦する誠子さんの、現在の活動について教えてください。

メインでやっていることの一つに、料理を振る舞うイベント「誠子食堂」があります。もともと自分でつくった料理をSNSにあげたら、芸人仲間が食べに来てくれるようになったんです。

徐々に活動は広がっていて、いまは地方創生や、日本の食料自給率アップに少しでも貢献できるよう、地元の神戸や他県での出張開催もしているんです。支援して欲しい企業さん向けの資料づくりや場所探しも、全部自分でやっています。

——すごい行動力ですね......!

あとは、キッチンアイテムや調味料のプロデュースを行なうライフスタイルブランド「merci」を運営しています。料理家の荒谷未来さんと一緒にオリジナルアイテムのネット販売をしています。

料理家の荒谷未来さんと一緒にオリジナルアイテムのネット販売をしています。merciではまな板やオイル、調味料などさまざまな商品を販売(公式サイトより)

——お笑いのほうはどんな活動を?

ピン芸人1年目として活動していて、ようやく初の単独ライブ開催が決まりました。今年の12月に、大阪の心斎橋と東京の下北沢でやります。会場はインディーズの芸人がよく出ている小屋で、お客さんは満員でも80〜100名。チケットはすべて手売りする予定です。

——若手時代にチケットを手売りする話は聞いたことありますが、いまのキャリアの誠子さんが、なぜ手売りを?

せっかくフリーになったので、最初にしかできないような苦労をしたいと思っているんです。芸人仲間や先輩からは「お前変やぞ」って言われますけどね(笑)。

会場を予約したりチケットを手売りしたり、すべて自分でやるからこそ「生きている実感」が得られます。大変なことが多い分、きっと舞台に立ったときは楽しいやろうなって思えるんです。「誠子食堂」のイベントなどでチケットを販売する予定なので、興味ある人はぜひきてくださいね!

※誠子さんのイベント情報はSNSをご覧ください

X アカウント          /             instagram アカウント

——「大変だけど生きている実感がある」って素敵ですね。どうしたら誠子さんのように、物事を前向きに考えられるんでしょうか?

私は、どんな仕事も「夢への道のひとつ」と考えるようにしているんです。大変で気が乗らない仕事も、やりきったら自信につながる。短期的に考えて「意味ない」「しんどい」って考えるのは勿体無いです。

あとは、「どんな仕事も誰かのためになっている」と考えています。人のためになることは、この世で一番素晴らしいこと。だから、ちょっとしんどくても頑張ろうって思えるんです。

もちろん、辛い気持ちを我慢しないといけない、ということではありません。そういうときは、場所を変えたり、会う人を変えたり、気持ちを切り替えたりすることで、見える景色を変えていくことも大切だと思います。

見える景色を変えていくことも大切だと思います。

大変なときこそ、笑って。夢を追い続ける誠子さんの心がけ

——誠子さんのように、自分らしい挑戦をしたい方は多いと思います。なにかアドバイスをいただけますか?

ひとつは、「夢や目標は口にする」ということです。色々と考えると不安ばかりが募るので、やりたいと思ったらすぐに行動したほうがいい。「これが好きかもしれない」「これをやってみたい」といった「温度のある気持ち」は、湧き上がること自体が奇跡に近いと思うので大事にしてほしいですね。

もうひとつは、「笑うこと」です。笑っていたら楽しいことが降り注ぐと信じているので、大変なときや泣きそうなときほど、笑顔でいようとしています。それに、笑顔は周りの人も楽しくさせるじゃないですか。笑顔は、学力もスキルもいらない、誰にでもできる「人のためになること」だって、お笑いから学びました。

——笑顔を届ける「お笑い芸人」らしいアドバイスをありがとうございました。最後に、今後の誠子さんの夢を教えてください。

まず、お笑いでいえば、武道館ライブをしたいと思っています。NSCの1期上のメンバーとよく一緒にライブをしているんですが、次は武道館くらい大きな会場でやりたいです。その先は、世界を見てみたい気持ちはずっとあったので、海外でのお笑いライブも実現させたいです。

海外でのお笑いライブも実現させたいです。

——「夢や目標は口にする」ですね。

それが大事です。もう一つ、追加するならデニムブランドのモデルをやりたいんですよ。デニムは昔から大好きで、ネタでもよく履いていました。ピンになったいまも履いているので、いつかはベストジーニスト賞をとって、デニムブランドのモデルをやりたいと思っています。

デニムブランドのモデルをやりたいと思っています。誠子食堂のLOOK BOOK(カタログ)で、大好きなデニム姿を披露する誠子さん

——多方面で活躍されていく誠子さんのこれからが、本当に楽しみですね!

私、そういう「ニュージャンルな人」を目指しているんです。『ロングバケーション(1990年代に一世風靡したトレンディドラマ)』のころから大好きだった山口智子さんとか、チームラボの猪子寿之さんとか、枠にとらわれずにやりたいことをやっている人たちに憧れてて。お笑いも、ファッションも、料理も、美容も全部やって、「ニュージャンルな人」として、誰かの心をワクワクさせられるようになりたいです!

撮影:村井香


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/media/タイミーラボ編集部
タイミーラボ編集部

タイミーラボは、株式会社タイミーによるオウンドメディアです。

https://lab.timee.co.jp/

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