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1月の冷たい空気が肌を刺す夕暮れ時、阿佐ヶ谷の住宅街にぽつんとたたずむ老舗クリーニング屋さん「中村クリーニング(本店)」を訪れました。昭和27年の創業以来、地域の人々に安心して服を預けてもらえるお店を目指し、時代の変化に合わせてクリーニングの技術やサービスの向上にも力を入れてきたお店です。
タイミーを通じて、この場所で働き始めたのは元ワーカーの三塚公太さん(写真左)。最初は軽い気持ちで始めた仕事でしたが、社長である中村僚さん(写真右)との出会いをきっかけに、仕事への向き合い方が大きく変わっていきました。やがてワーカーから正社員、そして店長へとステップアップし、今では店舗に欠かせない存在となっています。
今回は、中村クリーニングの中村社長と三塚さんに、タイミーを通じて生まれた出会い、仕事への考え方の変化、そしてクリーニング業界におけるタイミー活用の可能性について聞きました。
- 取材ご協力先
- 中村クリーニング工業株式会社
昭和27年の創業より「阿佐ヶ谷の皆様に安心して喜んでいただけるお店」を心がけ営業。平成12年の工場改装を機に「新しい時代に対応できるお店」としてさらにお客様のファッションライフに貢献できるよう、技術、知識、サービスの向上に日々取り組んでいる。
高級品も一点物もおまかせを!中村クリーニングの技術力
——まずは中村さんから、中村クリーニングのお店のこだわりを教えてくれますか?
中村さん:
中村クリーニングは昭和27年に創業し、私が3代目になります。もともとは一般的な技術を持つクリーニング店でしたが、自分の代からは新しい知識や技術を磨いていきました。今では、十数万もするブランドもののTシャツなど、チェーン店では対応が難しい服もお預かりできるようになっています。
近所のクリーニング店から「うちではできないけど、中村さんのところなら」と紹介されることも多くて。高級なものから、ユニークな形の一点物まで、「なんでもこい!」という感じで対応しています。
——タイミーを使いはじめたきっかけはなんだったのでしょうか?
中村さん:
「繁忙期のみ手伝ってくれる人がいてくれたら」と周りに話していたら、「タイミーを使ってみたら?」と勧められたんです。最初はどうすればいいかわからなかったけど、とにかく試してみることにしました。
実際に始めてみると、服を出したり干したりといったシンプルな作業はすぐ終わってしまうことが多いことに気づき、タイミーで来た子と相談しながら、任せる内容を少しずつ広げていきました。
途中からは、タイミーで複数回来てくれた方に教育係をやってもらったりもしました。少しコツがいるワイシャツの仕上げ機も、“教え方”のマニュアルを用意したことでスムーズに進められるようになりましたし、作業の質も安定しています。
——実際にタイミーを使ってみての感想を教えてください。
中村さん:
思った以上にきちんと働いてくれる人が多くて驚きました。特に主婦の方は、服をたたむのも綺麗だし、作業しながら次の工程を考えて動いてくれます。でも、初めてアルバイトをする子は少しだけ戸惑っていましたね。
これまでに60人ほどタイミーから来てくれました。うまく現場に馴染めなかった方も1〜2名いましたが、基本的にはみなさん、クリーニングという未知の世界に飛び込むワクワク感を持って、一生懸命取り組んでくれました。
「その日の一食分を稼ぐつもりが…」三塚さんが見つけた転機
——そんなタイミーワーカーのひとりで、現在は店長の三塚さんにもお話を聞きたいと思います。まずは、簡単にこれまでの経歴を教えてもらえますか?
三塚さん:
大分で生まれ、小学2年生のときに親の転勤で三重に引っ越し、そこで育ちました。服に関わり始めたのは、大学卒業前のこと。趣味で服のリメイクを始め、試しにフリマアプリに出品して見たら、1000円や2000円で売れたんです。それがすごく嬉しくて、「服に関わるアルバイトをしつつ、いつかは服のデザイナーになってやる!」と決意し、東京へ飛び出しました。
でも、縫製の経験がないと工場のバイトすら受けられず、仕事探しに苦戦したんです。結局アルバイトを転々としながら4年が経過。「30歳までには安定した仕事に就く」という親との約束まで、あと3年と迫ったタイミングで、タイミーを通じて中村クリーニングと出会いました。
——タイミーを使い始めたきっかけと、偶然出会った中村クリーニングで何度も働くようになった理由を教えてください。
三塚さん:
タイミーを使うようになったのは、夜勤と昼のアルバイトで生活リズムも収入も安定しないなか、「その日の一食分を稼げればいいや」と思って始めたのがきっかけでした。それで、家から自転車で5分の場所に中村クリーニングを見つけて、「近いし、やってみよう」と軽い気持ちで応募。
でも、働き始めてみたら、社長の雰囲気や「価値観を押し付けない人柄」に惹かれたんです。例えば、働き始めてすぐのころ、社長は「これ美味しいよ」と言いながら自分の好きなお菓子をわけてくれました。でも、続けて「俺が好きでもみんなが好きとは限らないって奥さんに言われるんだよね」と言いました。
仕事の場面でもそうで、作業もただ手順を伝えるだけじゃなく、相手の状況をちゃんと見ながら教えてくれます。冒頭で話していたような技術のすごさに気づいたのは後からで、最初は社長の雰囲気と人柄に魅了されました。
——中村さんから見た、三塚さんの第一印象はどうでしたか?
中村さん:
こうた(三塚さんの呼び名)の最初の印象は、正直最悪でした(笑)。というのも、夜勤のアルバイト明けでシフトを入れているのに、寝坊して遅刻することが多々あって。
中村さん:
でも、それを覆すほどの魅力もありました。こうたは、もともと服のリメイクをやっていたので、ほつれ直しなどができるしアパレルの知識もある。服への情熱もあって、クリーニングの仕事にも一際キラキラした目で向き合ってくれていた。「この子を逃したらまずい」って、直感的に感じたんです。
「寝坊常習犯」が店長に?中村社長が託した期待
——お互い一緒に働きたいと思ったわけですね。そこから、三塚さんが正社員になるまでの経緯はどのようなものだったのでしょうか?
中村さん:
リメイクの経験がある人は、お店にとっても貴重ですし、「服飾にいきたいならここで服に関する知識を学ぶのもいいんじゃないか」と思って、自分から正社員のオファーをしました。
三塚さん:
何度か話はもらっていたんですが、なかなか踏ん切りがつかなくて。ここで正社員になるなら、きちんと勉強して真剣にやりたい。でも、そのためには夜勤のアルバイトを辞めなきゃいけないし、お金の問題もあって悩んでいました。
それに、当時の僕は寝坊や遅刻ばかりしていた。それで正社員になりたいだなんて、「軽いやつだ」と思われるのもいやでした。だから、「1ヶ月間、寝坊も遅刻もせずに働けてからこの話を受けよう」と思ったんです。当たり前のことなんですけど(笑)。
そう決めてから1か月間、本当に無遅刻で働くことができ、昨年8月に正社員になりました。
——自分で決めたことをクリアしてから正社員になったんですね。ワーカーから正社員になってみて、心情に変化はありましたか?
三塚さん:
正社員になってから、改めて社長の知識や技術のすごさに気がつきました。以前働いていた別のクリーニング店で教わったことを時々指摘されるんですが、毎回社長の理論のほうが理にかなっていると納得するんです。アイロンの入れ方ひとつでパンツの履き心地が変わるなど、専門的なこともさらっと教えてくれました。
しかも、知識は最初から持っていたのではなく、社長が独学で学んで身につけたものです。その姿を見て、自分も技術や知識をもっと深く学びたいと思うようになりました。
あと、服に関する様々な勉強会にも連れていってもらうようになり、技術や知識が格段に増えました。テーラーさんや服飾関係の人とのご縁も広がったんです。
中村さん:
頑張っているから、自然と縁が広がるんだよ。こう見えて、こうたはかなり真面目だからね(笑)。
三塚さん:
こう見えて、って(笑)。
中村さん:
社員になってから特にそうで、僕が話した細かいことまで全部メモにまとめているんです。しかも、様々な服に対応するため、休日には古着屋で「この服ならどう仕上げるか」と勉強したりもしています。
——勉強熱心なんですね。その三塚さんが、最近「店長」という肩書きになったと聞きました。
中村さん:
それは、勉強会で配る名刺に肩書が必要で、とりあえず「店長」という肩書にしたんです(笑)。
三塚さん:
最初は「荷が重い……!」って思ったんですけどね。
でも、名刺に“店長”と書かれると、恥じない存在になろうって気持ちが芽生えました。何か特別なことを始めたわけじゃないですが、社長の教えをメモする、休みの日に自主的に勉強する、体調管理をしっかりするなど、これまでやってきたことをさらに徹底しようって。「見えないネクタイを締める」という感じですね。
——「見えないネクタイを締める」っていい言葉ですね。現在はどのような仕事を担当されているんですか?
三塚さん:
主にズボンやセーター、ニット類の仕上げ、受付や接客、支店への配達もあります。シミ抜きも少しずつ挑戦中ですが、まだ知識が足りないので、空いた時間で教えてもらっています。店舗にある仕事を、全般的に叩き込まれているところです。
中村さん:
クリーニングオタクの僕が持っている知識を、全部渡したいと思っているんです。業界のことを考えても、未来に受け継がないともったいないですから。
シミ抜き、テーラー、繊維などの知識を一通り身に付けた人は、どこに行っても活躍できます。それに、もしうちが潰れても「中村クリーニングにいた」と言えば、どこでも求められるはずです。こうたには、そうなってほしいと思っています。
三塚さん:
潰さないように頑張ろうって思っているんですけど(笑)。
——従業員だから育てているわけじゃなく、その人の人生や業界の未来のために教育をしているのが伝わってきます。素敵な考え方ですね。
中村さん:
これは受け売りなんですよ。他のクリーニング屋さんで、「どこに行っても恥ずかしくない育て方」を実践している方がいて、感銘を受けたんです。育てた人が辞めたとしても、巡り巡って業界のためになるし、最終的には自分にも返ってくるってね。
中村さん:
あと、一方的に教えているのではなく、お互いにレベルアップしていると思っています。こうたは、僕があまり詳しくないリメイクの知識や、流行りのブランドについて教えてくれる。本当に二人三脚という感じなんですが、最近は家族よりも一緒にいる時間が長くなっているので、ちょっとやりすぎかもしれませんね(笑)。
三塚さん:
たしかに、ちょっと距離をおいた方がいいかもしれない(笑)。
技術を未来につなぐために。クリーニング業界×タイミーの可能性
——お二人が仲良すぎて、本当に半年前に出会ったのか疑いたくなります(笑)。これから、どんなことを目指していきたいか教えてくれますか?
三塚さん:
今は、とにかく恩返しがしたいですね。寝坊や遅刻を許してくれて、ここまで面倒を見てもらって、正社員にまでしてもらった。本当に感謝しています。
それに、ここで働いたことで「怠惰な俺もやればできるんだ」と思えたんです。仕事の捉え方も「生活のために仕方がなくやるもの」から、1つずつ学んで1つずつできることが増えていく「ゲームのような楽しさがあるもの」に変わっていきました。
そんな発見をさせてくれたことも含めて、恩返ししていきたいです。
撮影中もずっと仲良しのお二人
——中村さん、お店としての目標はいかがですか?
中村さん:
時代の流れとして、ファストファッションでさえ値上がりしていますし、洋服を大事にする意識は高まってくるんじゃないかと思います。クリーニングやお直しの需要は、これから確実に増えるはず。でも、クリーニング業界全体では技術を持つ人が減っている現状もあります。だからこそ、確かな技術を未来につなげていきたいと思います。
また、具体的な方針としては、リフォーム部門をもっと広げていきたいですね。さらに、靴や革製品のリペアなどの知識も増やして、より「なんでもこい!」な店になりたいです。
——最後に、クリーニング業界の方や、タイミーでクリーニングの仕事をしてみたいと思っている方に向けて一言いただけますか?
三塚さん:
クリーニングの仕事って、裏側は意外と知られていません。でも、家で洗濯するのと基本は同じで、作業自体はシンプル。洗濯の仕方や柔軟剤の選び方など、生活に役立つ知識も学べますから、不安にならず、気軽に飛び込んできてほしいですね。
中村さん:
事業者の方には、「人を雇う練習」としてタイミーを使ってみてほしいと思っています。家族経営が多い業界ですが、無理して働きすぎると続けられなくなることもある。誰かに任せられるように仕事を整理してみたり、アルバイトの子が気持ちよく働ける環境を考えてみたりするきっかけに、タイミーはなると思います。
そして、せっかく来てくれるなら、ワーカーさんにただ作業を任せるだけでなく、人生に役立つ学びも与えられる環境にできたら理想ですよね。ギブアンドテイクを意識してもらえたらと思います。
(撮影:村井香)