私のタイミー生活

「ずっと諦めていた調理の夢が叶った」——工場勤務15年から、ホテルの調理スタッフへの転職ストーリー

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「ずっと諦めていた調理の夢が叶った」——工場勤務15年から、ホテルの調理スタッフへの転職ストーリー

目次

「人生最後のわがままだと思って、転職を決めました」——そう語るのは、静岡県在住の荒木さん。娘さんの入院をきっかけにタイミーを使い始め、ずっと諦めていた調理の仕事にたどり着いた荒木さんに、その経緯と、野菜ソムリエ取得から広がった新しい世界について話を聞きました。

15年間の工場勤務と、諦めていた夢

——タイミーを利用する前はどんな生活をされていましたか?

自動車部品の検査員として、工場で15年ほど働いていました。朝8時から17時まで、平日のみの勤務です。「このまま定年まで続けるんだろうな」と思いながら働いていましたね。

若い頃からずっと、調理の仕事をしたいという気持ちはあったんです。でも、早い時期に結婚・出産があって、子育てと子供のスポーツの送迎で手いっぱいの生活だったので、なかなか踏み出せませんでした。

——調理への思いはどこから来ているんですか?

母親があまり料理をしない人だったので、小学1年生の頃から自分でお昼ご飯をつくっていました。今思えばごま油でホットケーキを焼いたりと、とんでもないことをしていましたが(笑)。土日に両親がいないことも多かったので、姉と一緒においしそうなものをつくるのがずっと好きで。「自分でつくれば自分の好きな味にできる」という感覚が、ずっとありました。

若い頃、調理の仕事をやろうと思ったこともあったんですが、時間帯が合わないこと、調理師免許を持っていないこと、また家庭の事情で調理師学校には行けず「免許がなければ勤められない」という思い込みがあったことで諦めてしまいました。

——タイミーを始めたきっかけは何だったんでしょう?

1番下の娘が、病気で入院することになったんです。高校卒業時の就職活動がうまくいかず、ずっと続けてきたバスケットボールの引退も重なって、心にぽっかり穴が開いてしまったようで。2023年の春から入退院を繰り返していて、今もまだ入院中です。

入院費がかかるので、平日の工場に加えて土日もアルバイトをしようと思って、タイミーを使い始めました。息子が「こういうサービスがあるよ」と教えてくれたのがきっかけです。

“うなぎのピザ”で、調理への気持ちが再び

——初めてタイミーを使う時は、不安はありましたか?

すごく不安でした。若い世代はスマホでサッとやってしまうんですが、私の年齢だと、いきなり行って数時間働いて報酬をもらえるなんて、そんな簡単にできるのかという気持ちがあって。2週間ほどアプリを見ているだけで終わってしまいました。

「これならいけるかな」と思って応募しようとすると、もう埋まっていることも多くて。住んでいるところが田舎なので自分に合いそうな求人が少なく、今のホテルの求人が出た時に「今度こそ取られてしまう」と思って、仕事の昼休憩中に勢いで応募しました。

——初めて働いた日はどうでしたか?

入ってすぐに料理長に「荒木さんは普段何をしてる人?」と聞かれて、「平日は工場で正社員として働いています」と答えたら、「アルバイトとして来てもらえないか」と声をかけてもらったんです。まだ1日も働いていないのに(笑)。

その日はちょうど朝のバイキングの追加オーダーラッシュの時間帯で、いきなりバタバタの現場に飛び込む形になりました。でもスタッフの方がとても丁寧に教えてくれて、4時間があっという間でした。

特に印象に残っているのが、「うなぎのピザ」の盛り付けを任されたことです。こういう組み合わせがあるんだ、面白いなと思って。その時、ずっと諦めていた料理への気持ちが、一気に再燃した感じがしました。

——その後、アルバイト、そして正社員へと話が進んでいったんですね。

3回のタイミーを通じた勤務を経て、「面談しましょう」という話になって、アルバイトの雇用契約を結びました。

アルバイトになってからは仕事の幅も広がりました。お客さんの前でパンケーキを焼いたり天ぷらを揚げたりするライブキッチンも担当するようになって。自分を必要としてもらえているという嬉しさが、「この仕事がしたい」という気持ちをどんどん強くしていきました。

そうして料理長へ「正社員として働きたい」という思いを伝えたところ、是非ということで正社員で働くことにつながったんです。

ホテルのキッチンで調理の仕事を担当する荒木さん

「人生最後のわがまま」。転職で広がった“野菜ソムリエ”としての挑戦

——正社員への転職は、大きな決断だったと思います。何が背中を押したんですか? 

いくつかのことが重なったと思います。

工場では毎日黙々と作業をしていましたが、調理の仕事は新しいメニューのことを考えたり、食材と向き合ったり。「こういうキラキラした仕事がしたい」という気持ちが、だんだん抑えられなくなっていきました。

それに数年前、娘のことも含めていろんなことが重なってどん底を経験した時期があって、家族に助けてもらったんです。そういう経験があったから、「ずっと何かを我慢して生きていかなくていいんじゃないか」と思えるようになっていました。

生活が変わること、免許もキャリアもない自分が役に立てるかどうか。どれも不安はあったけれど、「人生最後のわがままだ」と思って決めました。

——採用に向けて、資格取得の準備もされたそうですね。

資格もキャリアも経験もないまま雇っていただくのは申し訳ないと思って、野菜ソムリエの資格を取ることにしました。

昔から野菜が大好きで、子供のために野菜を取り入れた食事をずっとつくってきました。ホテルが地元の農園と提携して野菜を売りにしていることも知っていたので、ここなら野菜の知識を強みにできると思ったんです。

面談が決まる前から受験を申し込んで、1ヶ月ガツガツ勉強して合格。支配人との面談に合格証書を持っていくことができました。

——資格の勉強を通じて、世界も広がりましたか?

すごく変わりました。本当に毎日、楽しくて。直売所に行くたびに品種の話をしたくなるくらい(笑)。

さらに、野菜ソムリエ上級の資格を持つ方が浜松市にいらっしゃって、その方の自宅で試験を受けることができました。「プロも目指したい」と伝えたら全面的にサポートしてくれることに。その後は講演会にアシスタントとして同行して、野菜ソムリエとして初めて報酬をいただきました。気づいたらいろんな道が開けていったんです。

野菜ソムリエとしても活躍する荒木さん

掴んだ夢の先に見据える、人生の目標「娘と一緒に子ども食堂を」

——現在のお仕事では、資格はどのように活きていますか?

野菜の発注やサラダのメニュー考案を任されていて、レストランのサラダバーには「野菜ソムリエのワンポイント」というポップもつくって貼っています。「トマトは美肌につながる効果があります」といった内容で、野菜ソムリエが書いているだけでも興味を持ってもらえるようで。ホテル側からも「知見を思う存分、発揮してください」と言ってもらっています。

——今後はどんなことに挑戦していきたいですか? 

調理師というよりは、野菜のプロの道を極めていきたいと思っています。今勉強中の野菜ソムリエの上位資格のなかには、農産物のブランディングや売り場づくりのカリキュラムもあって、それをホテルの仕事に活かしていきたいんです。

料理長も「地元の野菜でつくったものをホテルの売店で売ろう」と考えている方でして、以前、試しにワゴンを出して地元野菜を販売したら、結構売れたんです。私の尊敬する調理場キャプテンが地元のみかんでつくったマーマレードを朝食に出した際も、「買いたい」という声もたくさんいただいて。プロの資格で学んだことを活かしながら、そうした仕事をしていきたいと思います。

工場部品を検査していた毎日から、地元の野菜を活かした料理を届ける仕事へ。タイミーのおかげで、ずっと諦めていた夢が動き始めました。

あと、もうひとつ。将来の夢としてやりたいのは、子ども食堂なんです。幼少期に、両親が仕事のため私と姉と2人で料理をすることが多かったこともあって、子ども食堂のような場所があったらどれだけ助かったかと今でも思います。子どもたちが独立した後の自宅を使って、娘と一緒にできたらいいなと思っています。それが人生最後の目標です。

取材・執筆:佐藤史紹

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/media/タイミーラボ編集部
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